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最高裁判所第一小法廷 昭和48年(し)66号 決定 1973年10月08日

右の者に対する傷害被告事件について昭和四八年七月三一日東京高等裁判所がした裁判官忌避申立却下決定に対する即時抗告決定に対し、検察官から特別抗告の申立があつたので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

原決定を取り消す。

本件忌避申立を却下する。

理由

本件抗告の趣意は別紙添付のとおりである。

所論第一点は判例違反をいうが、所論引用の判例はすべて事案を異にして本件に適切ではなく、同第二点は憲法三七条違反をいう点もあるが、実質はすべて単なる法令違反の主張であつて、いずれも適法な抗告理由にあたらない。

しかしながら、所論にかんがみ、職権をもつて調査すると、本件は、東京地方裁判所刑事第二六部に係属する被告人川本輝夫に対する傷害被告事件における昭和四八年六月六日の第二回公判期日において、弁護人後藤孝典、同鈴木一郎、同錦織淳、同山口紀洋、同浅野憲一から、裁判長裁判官船田三雄に対する忌避申立があつたところ、右第二六部は、右忌避申立を、訴訟遅延のみを目的とするものであるとして、刑訴法二四条により却下したので、右弁護人らから即時抗告がなされ、次いで同年七月三一日東京高等裁判所が、前記被告事件の第一回公判期日における裁判長の措置には妥当を欠くものがあるとも考えられるとし、本件事案の特殊性および本件審理の経過にかんがみると、少くとも、被告人および弁護人の立場からすれば、不当な訴訟指揮であると判断される余地なしとせず、また、弁護人に訴訟遅延を意図したと思われるものはないとし、これらの事情を総合すると、被告人および弁護人らが、その立場で、本件裁判長の右のような訴訟指揮などから推し量つて、不公平な裁判をするおそれがあると判断することもありえないわけではなく、本件忌避申立をもつて、単に本件裁判長の訴訟指揮権あるいは法廷警察権の行使に対する不服をいうにすぎないもので、訴訟遅延の目的のみによるものであることが明らかであるとはいえない旨判示して、前記第二六部の決定を取り消し、本件忌避申立事件を東京地方裁判所に差し戻したものであることは、記録によつて明らかである。

ところで、元来、裁判官の忌避の制度は、裁判官がその担当する事件の当事者と特別な関係にあるとか、訴訟手続外においてすでに事件につき一定の判断を形成しているとかの、当該事件の手続外の要因により、当該裁判官によつては、その事件について公平で客観性のある審判を期待することができない場合に、当該裁判官をその事件の審判から排除し、裁判の公正および信頼を確保することを目的とするものであつて、その手続内における審理の方法、態度などは、それだけでは直ちに忌避の理由となしえないものであり、これらに対しては異議、上訴などの不服申立方法によつて救済を求めるべきであるといわなければならない。したがつて、訴訟手続内における審理の方法、態度に対する不服を理由とする忌避申立は、しよせん受け容れられる可能性は全くないものであつて、それによつてもたらされる結果は、訴訟の遅延と裁判の権威の失墜以外にはありえず、これらのことは法曹一般に周知のことがらである。

本件忌避の申立の理由は、本件被告事件についての、公判期日前の打ち合せから第一回公判期日終了までの本件裁判長による訴訟指揮権、法廷警察権の行使の不当、なかんずく、第一回公判期日において、被告人および弁護人が、裁判長の在廷命令をあえて無視して退廷したのち、入廷しようとしたのを許可しなかつたことおよび必要的弁護事件である本件被告事件について弁護人が在廷しないまま審理を進めたことをとらえて、同裁判長は、予断と偏見にみちた不公平な裁判をするおそれがあるとするものであるところ、これらはまさに、同裁判長の訴訟指揮権、法廷警察権の行使に対する不服を理由とするものにほかならず、かかる理由による忌避申立の許されないことは前記のとおりであり、それによつてもたらされるものが訴訟の遅延と裁判の権威の失墜以外にはない本件においては、右のごとき忌避申立は、訴訟遅延のみを目的とするものとして、同法二四条により却下すべきものである。

しかるに、原決定が、本来忌避理由となしえない本件裁判長の訴訟指揮権、法廷警察権の行使の当否について判断を加えて、本件簡易却下を不相当としたのは、忌避理由についての法律の解釈適用を誤り、ひいては事実誤認をきたしたものであつて、これを取り消さなければ著しく正義に反するものと認める。

よつて、同法四一一条を準用し、同法四三四条、四二六条二項により、裁判官全員一致の意見で主文のとおり決定する。(下田武三 藤林益三 岸盛一 岸上康夫)

検察官の抗告趣意

第一 特別抗告申立に至る経緯

一 本件は、昭和四七年一二月二七日東京地方裁判所に公訴を提起され、同裁判所刑事第二六部に係属中である。

二 本件は、昭和四八年五月二日の第一回公判期日において、被告人の人定質問、起訴状朗読後、弁護人から公訴棄却の申立がなされ、後藤主任弁護人、鈴木、錦織、山口の各弁護人の順序に二時間近くにわたつて右申立を理由づける主張の陳述が行なわれ、山口弁護人の陳述は、その最後の段階においては、殆んど重複発言であつたため、船田三雄裁判長は、冒頭手続段階における右の主張としては、すでに述べられたところで必要かつ十分であるとして、その陳述を制限したにもかかわらず、同弁護人は、再三にわたり重複した発言を続けようとしたので、裁判長に制止され、午後一時から検察官のこれに対する意見を聴いたうえ、裁判長の判断を示すと告知して、昼休のため休廷を宣した後、傍聴人に退廷を促した。

すると、傍聴人の一部が裁判長の訴訟指揮について抗議の発言をしたので、裁判長がこれを制止し、警告を発したところ、これに端を発して、弁護人、傍聴人多数がさらに抗議を続け、傍聴席が騒然となり、任意の退廷に応じないため、裁判長は、傍聴人全員の退廷を令じ、警備員および裁判長の導入した警察官をしてこれを執行せしめた。なお、その間、任意の退廷を指示する警備員に対し、その指示に従わず、激しく抵抗し、かつ組みつくなどした傍聴人二名に対し裁判長は拘束を命じた。

三 ついで、同日午後、公判が再開され、検察官から弁護人の公訴棄却の申立に対する意見の陳述が行なわれた後、裁判長より裁判所のこの点についての見解が示された。なお、右裁判所の見解を裁判長が示すに当り、弁護人らは、裁判長の制止にもかかわらず、「裁判所の訴訟指揮は支離滅裂です」などと暴言を吐き、再三再四発言をくりかえして、裁判長の発言を妨害したため、発言を禁止された。

その後、裁判長は、被告人に対し、黙秘権を告知したうえ、その意見陳述を再三促したが、被告人は、傍聴人を退廷させたまま公判を進めることは、裁判の公開の原則に反するので、その退廷命令を撤回せよと要求し、このような法廷の雰囲気の中では意見陳述をする気になれないなどと称して、これに応じないばかりか、弁護人らもこれに同調して、裁判長の制止を無視し、裁判長の午前中の法廷警察権の行使に対し、謝罪を要求したうえ、傍聴人のいない法廷において、被告人に意見陳述をさせるわけにはいかないなどという陳述をくりかえし、最後に、裁判長より、その発言を禁止させるに至つた。裁判長は、さらに被告人に対し意見陳述を促したところ、被告人は弁護人に相談したい旨申し出たのでこれを許し、また、主任弁護人が一〇分間の打合せの時間を求めたので、これをも許容し、ただ、打合せは法廷内の弁護人席で行なうよう指示した。その際、裁判長は、被告人の意見陳述は、当日の公判廷において行なうことはすでに予定されていたことであるし(第一回公判前の事前打合せにおいて、すでに確認されていた)、また、傍聴席に混乱があつたのは、午前中のことであるから、昼休の休憩時間を経過した午後の法廷において、弁護人が被告人とさらに打合せを要するとしても、右の限度で足りる旨を説明した。

しかるに、主任弁護人は、さらに、打合せを法廷外で行なうことを執拗に要求して譲らず、これを固執する理由として「ボソボソ声でやるのがいやだから」ということのみであり、さらには「裁判長が退廷されたらどうですか。そうしたら此処でやります。」などと暴言を吐く有様であつた。そこで、裁判長は、法廷外における打合せを認めず、一〇分間法廷内で行なうようさらに指示したところ、被告人および弁護人全員は、突如裁判長の許可を受けることなく、席を立つて退廷しようとしたので、直ちに、裁判長が被告人および弁護人らの在廷を命じたのにもかかわらず、これを全く無視して退廷した。

そこで、裁判長は、当日予定されていた検察官の冒頭陳述および証拠申請までの手続を刑訴法三四一条により行なう旨告知したうえ、検察官を促して、冒頭陳述、証拠申請を行なわしめそのうち、証人一名を採用して、次回に召喚する旨告知して閉廷した。なお、その間に前記弁護人らの退廷後約一〇分間を経過したころ、廷吏を通じて、被告人、弁護人が再入廷の許可を求めて来たが、裁判長は在廷命令を無視して退廷した以上、再入廷は相当でないとして、これを禁止した。

四 昭和四八年六月六日、第二回公判期日の冒頭において、主任弁護人は、第一回公判期日における裁判長の訴訟指揮は、きわめて不当、違法のものであり、今後の裁判がきわめて不公平に行なわれる虞があることを理由に、船田三雄裁判長を忌避する旨の申立をした。なお、忌避の理由として、具体的に挙げた主たる事実は、(一)第一回公判期日の午後の公判において、被告人および弁護人らが法廷外での打合せを終えた後に、その再入廷を禁止した裁判長の措置が不当であること、(二)本件のような必要的弁護事件につき、刑訴法三四一条を根拠として、弁護人が在廷しないまま審理を行ない、検察官側に冒頭陳述、証拠申請をなさしめ、証拠決定をしたことは違法であること、(三)裁判長の弁護人に対する発言禁止、傍聴人に対する退廷命令など訴訟指揮ならびに法廷警察権の行使が違法であること、などである。

裁判長は、これに対し検察官の意見を聴いたうえ、弁護人らの本件忌避の申立を刑訴法二四条により訴訟を遅延させる目的のみでされたことの明らかなものとして、簡易却下する旨の決定をした。

五 弁護人ら五名は、右の忌避申立却下決定に対し即時抗告の申立をなし、同申立手続は、抗告審である東京高等裁判所第七刑事部に係属し、同部は同年七月三一日、原決定を取消し、本件を東京地方裁判所に差戻す旨の決定をしたので、これに対し検察官は、本件特別抗告申立をするものである。

第二 抗告裁判所における本件原決定の理由の要旨

弁護人らの本件即時抗告を認容し、東京地方裁判所がした裁判官忌避却下決定を取消す旨の抗告裁判所における原決定の要旨は、

第一回公判期日において、被告人および弁護人らが法廷外での打合せを終えた後に、その入廷を禁止し、本件必要的弁護事件につき、刑訴法三四一条を根拠として、弁護人不在のまま、審理をした本件裁判長の措置が、妥当を欠くものがあり、本件事案の背景の特殊性および本件審理の経過に鑑みると、少くとも、被告人および弁護人らの立場からすれば、不当な訴訟指揮などであると判断される余地なしとしない。また、弁護人らの訴訟活動にも、訴訟遅延を意図したと思われるものはない。以上の事情を総合すると、被告人および弁護人らが、その立場で、本件裁判長の右のような訴訟指揮などから推し量つて、不公平な裁判をする虞があると判断することも、ありえないわけではなく、本件忌避申立をもつて、単に本件裁判長の訴訟指揮権あるいは法廷警察権の行使に対する不服をもつてなすにすぎないもので、訴訟遅延の目的のみでされたことが明らかであるとはいえない。

というのである。

第三 特別抗告の理由

右のような原決定の態度は、以下詳述するとおり、最高裁判所、大審院および高等裁判所の判例と相反する誤つた判断をなし、さらに、刑訴法一条、二四条、刑訴規則一条などの解釈と適用に重大な誤りを犯しており、いずれも決定に影響を及ぼすことが明らかであつて、しかも、右の重要な法令の解釈適用を誤つた原決定を破棄しなければ、著しく正義に反すると認められるから、刑訴法四三三条、四〇五条二号、三号、四一〇条一項および四一一条一号により当然破棄されるべきものと思料する。

第一点 原決定は、次の最高裁判所、大審院および高等裁判所の判例に違反する。

原決定は、本件裁判長の訴訟指揮などに妥当を欠くものがあるとも考えられるとの前提に立ち、少くとも被告人、弁護人らの立場からすれば、本件裁判所が不公平な裁判をする虞があると判断することもありえないわけではないとして、本件忌避の申立をしたのは、訴訟を遅延させる目的のみでなされたことが明らかであるとはいえないという理由で、これを刑訴法二四条により簡易却下決定をすることができないと判示しているが、これは次のような最高裁判所、大審院および高等裁判所の判例と相反する判断をしたものである。

一 最高裁判所、大審院および高等裁判所の判例について

1 大審院の判例

昭和一四年一一月二二日大審院決定(集一八巻五五七頁)は、弁護人申請の証人尋問請求を却下する旨の決定をした大審院裁判官五名に対する忌避の申立を却下した事案について、

刑事事件における証拠調の限度は、裁判所の権能として、その任意の裁量により、これを決定しうるところなるをもつて、右の措置は、ただに、適法なるのみならず、右証人尋問の請求を却下したる一事をもつて、直ちに当該事件につき、係判事一同に偏頗の裁判をなす虞あるものとなすを得ざるものというべし。およそ、偏頗とは、特定の場合に、判事の不公平を惹起すべき心境、情操を指称し、偏頗の虞ありとは、判事が不公平に陥るべしとの不信的推測に外ならざるものというべく、かかる推測は、忌避申立人自身の立場における単なる思惟念虞にもとづき、その主観により、これを肯定すべきものにあらずして、裁判官が、自由なる裁量により、諸般の事情を審査し、客観的にこの推測を下しうるや否やを、評定すべきものなること言をまたず。

という旨の判示をしている。

2 最高裁判所の判例

昭和四七年一一月一六日最高裁判所第二小法廷決定(最高裁判例集二六巻九号、五一五頁)は、付審判請求事件を担当する大阪地方裁判所裁判官らが示した事件の審理方式が違法であり、不公平な裁判をする虞があるとして、弁護人らから該裁判官忌避の申立がなされて却下され、右却下決定に対し大阪高等裁判所に即時抗告して容れられず、該即時抗告棄却決定に対し特別抗告した事案について、「一般に、裁判官の忌避の制度は、裁判官が事件の当事者と特別な関係にあるとか、手続外において、すでに、事件につき一定の判断を形成しているとかの、当該事件の審理過程に属さない要因により、当該裁判官によつては、その事件についての公平で客観性のある審理および裁判が期待しがたいと認められる場合に、当該裁判官を事件の審判から排除し、もつて裁判の公正およびこれに対する信頼を確保することを目的とするものであるから、その手続内における審理の方法や審理態度などは、原則として忌避事由となりえない。」旨判示している。

3 高等裁判所の判例

(一) 昭和三九年一一月四日名古屋高等裁判所決定(下級裁判所刑事判例集六巻、一一・一二号、一二五〇頁)は、騒擾被告事件の審理中、弁護人から検察官調書の証拠調決定およびこれに対する異議申立を棄却決定したのは、裁判官が不公平な裁判をする虞がある場合にあたるとして、名古屋地方裁判所刑事第一部裁判官四名全員の忌避申立をし、同部は訴訟遅延の目的のみでしたことが明らかであるとして、簡易却下手続により、その申立を却下した決定に対し、即時抗告の申立がなされた事案について、「およそ、刑訴規則第一条第二項に違反し、忌避申立権を濫用してした忌避の申立は、すべて、刑訴法第二四条第一項所定の簡易却下手続により、即時却下をすることができると解するのが相当であり、同条項が訴訟遅延の目的のみでした忌避申立を挙示しているのは、忌避申立権を濫用してした、忌避申立の例示にすぎないと解するのが、相当である。しかるところ、本件において、所論のように、訴訟遅延の目的のみをもつてしたとまでは、明確には断定し難い状況であると仮定しても、叙上の事実関係と本件各記録とを総合して考察すると、抗告人等の忌避申立が、少くとも、刑訴規則第一条第二項に違反し、忌避申立権を濫用してしたものであると、確実に断定することができる。したがつて、右の点から観察しても、原審が即時却下をしたのは、結局において正当である。」旨判示している。

(二) 昭和四一年二月一四日大阪高等裁物所決定(昭和四〇年(く)第一六〇号、判例タイムズ一九三号、一八三頁)は、検察官調書の事前開示問題等で紛糾し、弁護人が検察官の責任を追究するなどしていた際、裁判所が当該問題を一応打切り、公判手続の更新手続に入ろうとしたところ、その訴訟指揮に対し、弁護人および被告人らより異議の申立をしたが、裁判所はこれを棄却するとともに裁判長はなおも発言しようとした弁護人に退廷を命じ、さらに、これに抗議しようとした被告人三名に対しても、同様退廷命令を発したため、裁判長の右訴訟指揮、法廷警察権の行使を不満とする弁護人らより全裁判官に対する忌避申立がなされ、弁護人らは右申立により訴訟手続は停止されたとして、退廷を命ぜられた者をはじめ、その余の被告人、弁護人全員が裁判長の許可を受けずに退廷したので、右退廷後、弁護人らのした右忌避申立を簡易却下し、直ちに公判手続の更新手続に入つたという事情の下で、右弁護人から却下決定に対し即時抗告の申立がなされた事案について、「弁護人並被告人等が裁判長の専権に属する訴訟指揮権の発動として、更新手続に入つたことに対しあく迄も反対し、結局、本件忌避の申立をしたのは、前認定の如く、裁判長の本件訴訟指揮がなければ、訴訟は進捗せず、甚しく遅延する状態にあつたこと、弁護人等があくまで追究しようとした責任事由なるものが、何等理由なきものであること、更に、前段認定の公判経過を総合すると、裁判長の訴訟指揮に対する不満以外に理由はなく、正に忌避権の乱用であり、かつ、訴訟遅延のみを目的とするものであることが明白であるといわなくてはならない。」と判示している。

(三) 昭和四七年二月一八日東京高等裁判所第三刑事部決定(昭和四七年(く)第一五号、判例集未登載)は、裁判所が被告人らに対する保釈保証金の額を定めるについて、被告人をその余の共同被告人と不当に差別する高額を内示したことは、不公平な裁判をする虞があるとして、弁護人から当該裁判官に対し忌避の申立がなされたため、これを却下した公判裁判所の決定に対し、即時抗告の申立がなされ、該申立を棄却した事案について、「裁判官に対する忌避の理由として、刑訴法二一条が定める『不公平な裁判をする虞があるとき』とは、裁判官に除斥の原因に準ずるような事由がある場合を指し、裁判官と当該事件ないしは、その当事者との関係、その他なんらかの特別の事情からして、事件について不公平な裁判をするような力が裁判官に対して働くおそれがある状態にあることをいうものであるから、問題となるのは、右のような特別の事情が存するかどうかなのであつて、裁判官の訴訟指揮、証拠の採否、その他の訴訟上の措置の違法または不当が当然に忌避の原由となるものでないことはいうまでもない(もし当事者がそれらの措置に不服であれば、異議の申立、上訴等の別途の手段をもつて、これを争うべき筋合である。)。また、これらの措置だけから不公平な裁判をするおそれの存在が推認されることも、まず考えられないところであつて、かようなおそれがあることは、それ以外の客観的な事実から認定されるべきものであり、訴訟上の措置の不当は、たかだかその事実と相まつて、右のおそれを認定させる補強資料の一つとなることがありうるにすぎないのである。」旨判示している。

二 原決定の判断が右判例の判断と相反することについて

これらの各判例は、要するに、忌避の原因は、裁判官が当該事件に関し当事者の一方と特殊な関係があり、また当該事件について、すでに手続外において一定の判断を形成しているため、公平な裁判を期待しがたいような一定の客観的事情が具体的に存在することを要するものであつて、前記大審院判例のいうように当事者の単なる主観的感情にもとづく疑惑、臆測などであつてはならないというのである。本件忌避の申立は裁判長の訴訟指揮権ないし法廷警察権の行使を、一方的に非難するに帰するものであり、このような事項に関する不服については、本来、異議の申立、上訴などの手続上の不服申立手続によつて争うべきものであつて、忌避の申立手続によつて不服を主張すべき筋合ではない。訴訟当事者が自ら裁判長の訴訟指揮などに反した行動をして訴訟の進行を妨害しながら、該裁判長の訴訟指揮ないし法廷警察権の行使を不服とする忌避の申立は、忌避申立権の著しい濫用であり、このような忌避申立権の著しい濫用は、訴訟進行の観点から見れば訴訟を遅延させる目的のみでされたことが明らかな場合ということができるのである。前記の昭和三九年一一月四日名古屋高等裁判所決定および同四一年二月四日大阪高等裁判所決定も、このような忌避申立権の著しい濫用が、すなわち、訴訟遅延のみを目的とするものであることが明らかな場合に該当するとして、刑訴法二四条の簡易却下手続によつて忌避申立を処理したものと思われる。

本件は、前記第一の特別抗告申立に至る経緯で詳細な訴訟審理の状況を明らかにしたとおり、被告人、弁護人ら訴訟当事者自らが裁判長の訴訟指揮に反して、予め裁判所、当事者間の事前打合せにより当日予定されていた訴訟行為を拒否し、正常なる訴訟の進行を阻害した事実である。しかるに、弁護人らの本件忌避申立理由は、自分らの非を棚に上げ、もつぱら適正妥当なる裁判長の訴訟指揮権ないし法廷警察権の行使を激しく非難するに帰するものであつて、このような申立は、明らかに忌避申立権の著しい濫用であつて、いたずらに、訴訟の遅延を招く以外の何物でもなく、すなわち、刑訴法二四条にいわゆる訴訟を遅延させる目的のみでされたことが明らかな場合といわなければならない。

原決定は、「本件事案の背景の特殊性および本件審理の経過に鑑みると、少なくとも、被告人及び弁護人等の立場からすれば、不当な訴訟指揮等であると判断される余地なしとしない」「被告人及び弁護人等が、その立場で本件裁判長の右のような訴訟指揮等から推し量つて不公平な裁判をする虞があると判断することもありえないわけではない」旨判示して、恰も当事者の主観的感情などにもとづく疑惑ないし臆測などを根拠に、本件裁判長の訴訟指揮を不当であると判断しているようにも窺えるのであつて、もつぱら被告人および弁護人らの一方的、主観的な立場に立つて訴訟指揮の当否を判断しているものといわざるをえない。

以上の理由から公判裁判所の簡易却下決定を取消す旨の原決定は、前記最高裁判所、大審院および高等裁判所の判例に反する判断をしたものであることが明らかであつて、とうてい破棄を免れないものと信ずる。

第二点 原決定は、刑訴法一条、二四条、二五条、刑訴規則一条などの解釈と適用に重大な誤りを犯しており、いずれも決定に影響を及ぼすことが明らかであつて、しかも、右の重要な法令の解釈適用を誤つた原決定を破棄しなければ、著しく正義に反するものと考える。

一 決定には、刑訴法二四条、二五条などの解釈適用を誤つた法令違反がある。

原決定は、被告人および弁護人らが本件裁判長の在廷命令に反して退廷後、法廷外での打合せを終え、再入廷を求めたのに、その入廷を許可しなかつた本件裁判長の措置に法廷警察権などの法的根拠が存在するかどうか、本件被告事件のような必要的弁護事件につき、刑訴法三四一条を根拠として、弁護人不在のまま公判審理を行いうるかについて疑問があり、本件裁判長のこのような措置は少なくとも妥当を欠くものがある旨判示しており、該判断を本件忌避の申立における訴訟遅延目的の有無についての判断資料に供したものと思われる。

しかしながら、忌避申立が理由があるかどうかの判断をする場合には、まず、当該裁判官が当事者の一方と特殊な関係にあるかどうかなど、当該訴訟手続外の一定の客観的事情が存在することによつて不公平な裁判をする虞があるかどうかを判断すべきであり、忌避申立の理由が、もつぱら裁判長の訴訟指揮などに対する不服を主張するのみであつて、他に具体的、合理的な理由が全くないと認められる場合には、当該公判手続における申立人側の態度、行動などをも考慮しつつ、それが忌避申立権の著しい濫用と認められる限り、訴訟を遅延させる目的のみでされたこと明らかな場合に当るとして直ちに簡易却下すべきである。従つて、該却下決定に対する即時抗告の申立を受けた抗告裁判所としては、公判裁判所の却下決定の適否を判断するにあたり、その公判裁判所の裁量権に属する訴訟指揮権ないし法廷警察権の行使の違法ないし不当が存するかどうかについてまで立ち入つて検討を加えるべきではない。この点について、前記(三)昭和四七年二月一八日東京高等裁判所第三刑事部決定は、「さきに述べたとおり、忌避の申立が理由があるかどうかを判断するにあたつては、他の客観的事実の存在が重要なのであつて、それが認められない以上、裁判官の訴訟上の措置の当否は忌避の事由としては重要な意味を持たないのであるから、それが裁判所の裁量権の乱用として違法ないし不当であるかなどにつき、詳細に立ち入つた検討を加えることは、もともと必要でないといわなければならない。」旨判示してい。

元来、公判裁判所における訴訟指揮権ないし法廷警察権の行使については、訴訟の合目的的進行をはかるべき権限と職責を有する裁判所の広範な裁量権に委ねられているのであるから、これが権限の行使の適否などは、もつぱら本案手続における不服申立手続すなわち上訴、異議の申立などによつて検討されるべきものである。従つて、本案手続とは、区別されるべき忌避申立却下決定に対する即時抗告の申立を受けた抗告裁判所が、本案手続である公判裁判所の裁判長の訴訟指揮などの当否に深く立ち入つて判断を加えることは、公判裁判所の専権を侵害するものであつて許されないというべきである。

しかるに、本件の場合、原決定が公判裁判所の訴訟指揮などの当否を詳細判示したうえ、結局刑訴法二四条の要件を欠くものと判断したことは、同条および二五条などの解釈、適用を誤つた法令違反があるといわなければならない。

なお付言すれば、裁判長の在廷命令に反して退廷した後、再入廷を求めた弁護人らに対し、その入廷を許可しなかつた裁判長の措置に法的根拠が存在するかどうか疑問がある旨の原決定の判示は、裁判所法七一条二項の「その他法廷における秩序を維持するのに必要な事項を命じ、又は処置を執ることができる」旨の規定を本件裁判長が忠実に適用実施したことを、全く無視するものであつてとうてい容認しえない。

二 原決定は、刑訴法一条、刑訴規則一条に違反する。

刑訴法二四条の忌避申立についての簡易却下手続の規定は、一般原則によれば、忌避された裁判官が忌避に関する決定に関与できず(刑訴法二三条三項)、忌避の申立があれば、原則として訴訟手続が停止される(刑訴規則一一条)ことなどに鑑み、もし当事者によつて忌避申立権の濫用が行なわれた場合にはこれに対処するため、そのような忌避申立を簡易迅速に処理し、さらに審理を続行すべき権能を当該裁判官に与えたものである。しかも同条所定の事由ある場合には簡易却下の決定をすべきことを義務づけているものである。従つて、訴訟手続において、裁判長の訴訟指揮などに反して不当な発言をくりかえし、または在廷命令を無視して勝手に退廷するなど正常な訴訟の進行を阻害した当事者の行動が顕著に認められる場合、当該本人の主観的な主張いかんにかかわらず、もつぱら、裁判長の訴訟指揮などを非難するに帰する忌避の申立に対しては、いわゆる忌避申立権の著しい濫用にして訴訟遅延の目的が明らかな場合と認定し、直ちに簡易却下できることは勿論である。公判裁判所としては、このような措置をして、訴訟審理を迅速かつ適正に進めることこそ、その責務といわなければならず、かくして、刑訴法一条、刑訴規則一条などにいう「迅速なる裁判」の実現が始めて期待できることになるのである。

しかるに、原決定は、本件被告人および弁護人らの法廷の秩序に反する不当な言動や現実に訴訟の審理が阻害された事情などには、目を覆い、裁判長の適正なる訴訟指揮を不当視して、弁護人らの訴訟活動において、訴訟遅延の意図は、全く認められないと断定し、忌避申立の簡易却下決定を取消したのであるが、このような処分は、まさに刑訴法一条、刑訴規則一条などの「迅速なる裁判」の諸規定に違反し、ひいては、憲法三七条の要請にも違背するものというべきである。

なお、現下の刑事手続において、いわゆる法廷戦術として忌避申立権が濫用されることがあり、これがため、迅速裁判の原則の実現が妨げられ、著しく裁判所の威信が失墜されている現実を考えると、原決定を破棄しなければ、著しく正義に反するものと認められる。

以上詳述したとおり、原決定は最高裁判所などの判例と相反する判断をしており、また刑訴法などの解釈適用を誤つた法令違反があり、その誤りは、決定に影響を及ぼすこと明らかであつて、これを破棄しなければ、著しく正義に反するものと認められるから、原決定の取消を求めるため、特別抗告に及んだ次第である。

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